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Ranne   -warp flower-


研究施設で起こった実験体暴走という事件から、半年が過ぎた頃だった。

窓の無い密閉されたような病室で、ヒガレはゆっくりと瞼を開いた。

「おはよう……ヒガレ」

ベッドに横たわるヒガレの手を、両手で包み込むようにして、彼女の様子を伺っていたアオイが、ヒガレに優しく声を掛けた。

ヒガレの右目がアオイの方に向く――左目は彼女の頭部とまとめて包帯で、ぐるぐるに巻かれているため確認できない。

「ヒガレ――身体を起こせる?」

アオイに言われ、ヒガレは上半身を起こした。

身体的動作には問題ない事をアオイは確認する。

そして身体を起こしたまま、微動だにしないヒガレの姿に――耐えられなくなったアオイの瞳からは、涙が溢れこぼれていた……。

――アオイは泣きながら、ヒガレの身体を強く抱きしめる。

「ごめんなさい――ごめんなさいっ!!!」

アオイはヒガレを抱きしめながら、何度も何度も何度も謝る。

「あ”あ”あ”あ”あ”――私はあなたをっ――救ってあげられなかったッ!」

アオイに泣きつかれたヒガレはそれでも無反応で……アオイは一人……ただ泣き崩れるだけだった。

研究施設でヒガレとの戦闘で大きな傷を負わされた一丸三式は、その後に数人の研究員を殺害して、研究施設の外に逃亡――その後の正確な詳細は不明だが、潜伏しながら、現在も定期的に人を殺して回っている。

そして相打ちの形で、一丸三式から致命傷を負わされたヒガレの様態は絶望的な状態だった。

必至の処置も虚しく、ヒガレの心臓が停止する所まで行くが、ヒガレと約束を交わしたアオイは、諦めず――無我夢中でヒガレの身体に術式による施術を行い続けた。

結果として半年が経過した今、ヒガレは目を覚ます事に成功した――ただ、それは心の無い人形としてであった……。

ヒガレに埋め込んだ術式は新しい心臓として働くだけでなく、身体の強化にも繋がった。

脳が死んでしまう前に術式の稼働に成功したため、脳細胞への損傷はほとんどなかったはずなのだが、どういう訳かヒガレの心は空っぽだった。

言うなれば、心臓が止まった時に魂も死んでしまったような状態。いくら術式で心臓を代用しても元の彼女には戻れなかったのだ。

ただの――生きているだけの人形だった彼女だが、脳自体は正常なため、外部から指示を与え、その命令と思考する部分を術式で補ってやれば、実用段階レベルでの動作が可能であった。

そして完成したのが、今のヒガレだ。アオイの指示に従って動く正真正銘の操り人形だ。

……しかし、これはアオイの出したかった、求めた結果とは程遠い……それでも、一つの研究の成果を出してしまったアオイには、そんなヒガレを巻き込まなければならない未来が待っているのが分かっていた。

親友として交わした約束を守れなかった事――死んだヒガレさえも利用しなければならない自分の立場。……だからアオイは泣くことを止められないまま、ヒガレに謝り続けたのだった。

そして、研究施設での事件から、丁度1年が経った日。

一丸三式は、あれからも討伐部隊や一般市民の殺害を続けていた。

討伐部隊に関しては、その被害から早い段階で打ち切られ、一丸三式に対しての不干渉の姿勢を取っていた訳だが、一般市民への被害は増え続ける一方だった。

そこで、ある程度の体制を整えたアオイは、これ以上の被害を止めるため、自身の罪と向き合うために一丸三式の潜伏するこの地にやって来た。

勿論、名目上は”妃枯達の性能テスト”としてではあったが……。

「まずは、一丸三式の所在の確認を行います。妃枯、輝氣、閃火の3人とも手は出さないで、発見次第ここに戻って来てください」

その場にはアオイの他に女性が3人いて、その3人ともがキョンシーと呼ばれるアオイの研究成果だ。

アオイの生み出した研究は、心臓が止まり、他の器官が壊死するまでの間に処置を行うことで完成する。

生きた生物に施術すれば、肉体が暴走して制御不能になり、逆に臓器が壊死した死体では使い物にならなかった。

さらに術式の埋め込みの際に個体差による拒絶反応もあって、成功率は低い技術である。

ただでさえ人手不足である空想皇国で、施術の成功率の悪く、都合の良い素体の確保が難しいという条件が重なり、決して主流になる事のない技術だ。

結果として、事故や戦争での被害から生存が絶望的と判断され、素体として運ばれてきた相手に、アオイは施術を施していった。

そして、そんな施術の数少ない成功検体が、輝氣、閃火の二人だった。

彼女たちは、記録上では死亡扱いがされ、彼女達の親族でさえ、今の彼女たちが人形として生き返っていることを知らない。

秘匿上の問題から、二人には偽名として輝氣と閃火の名が与えられ、ヒガレも読みは同じだが、表記上で妃枯として扱われる事になった。

「発見の報告を確認次第、狼煙を上げます、それを確認したら全員集合。そこから全員で一丸三式討伐を開始します」

アオイは3人に命令を下すが、3人からの返事は無い……だが、これが仕様なので問題は無い。

「それでは、各自散開」

その言葉で、妃枯、輝氣、閃火は各自、別々の方向へ姿を消した。