Ranne   -warp flower-


キョンシーの3人へ捜索の指示を出して半刻……。一丸三式を輝氣が発見した。

一度集合したアオイ達は、輝氣から報告を受けた地点へ移動――アオイは腰へ収納されている望遠鏡を使い、因縁の怪物の姿を確認する。

「――成長している」

二回り……いや三回りは大きく、また1年前の記憶とは違う姿の一丸三式にアオイは絶句する。

研究所での姿は4つ腕ではあったが、まだ人を模したような姿だった――しかし、望遠鏡から確認しているソレは異形の怪物そのものだ。

当時のままであれば、前回とは違い万全の態勢であるため、問題なく一丸三式の処分ができる想定だったが、あれほど姿が変貌しているとなると、一丸三式が想定外の能力を獲得している可能性がある。

――とはいえ、やっと復讐を果たす機会を得たのだ。今更アオイも引き返す事はできない――何よりアレをこれ以上野放しにはできない。

輝氣と閃火、そして妃枯達の力を信じ――託すしかないのだ。

「標的はあの一丸三式、あれの能力は未知数です」

「『策 : 火月』を主軸に対象を包囲して、慎重を持って滅しない」

アオイは3人へ事前に登録をしている作戦プランの1つを伝え、攻撃開始の指示を出した。

「それでは各自、攻撃開始!」

一丸三式とアオイ達の距離は1キロと言った所か……。一丸三式は彼女達の存在にまだ気づいていない。

その距離を一瞬で詰める3人の影――。

中でも一番早く、初撃を与えるのは閃火であった。

キョンシーの3人の中でも小柄な閃火だが、種族は猫又でその素早さや身のこなしなどの身体能力が秀でている。

そんな彼女がまず、走り込んだ勢いを乗せて、一丸三式の後頭部へ向かって飛び蹴りを叩きこんだ。

体重は軽めとはいえ、相当な勢いと全体重をかけた一撃だ、相手によっては首をへし折る事も可能な一撃である。

――だが、一丸三式は不意打ちのこの一撃に耐える。

閃火は、飛び蹴りの動作から繋がるように一丸三式の頭部を踏み台にして身を翻して空中へ飛び、一丸三式から距離を取る。

元々身体組織などが強化されている一丸三式だ。それがこの一年で大きく成長しているのだから、この程度で倒せるとはこちらも考えてはいない。

この一撃は一丸三式の姿勢を崩すことを目的として――そして、2撃目の本命を確実に叩き込むための一撃だ。

閃火に続いて、攻撃を与えるのは輝氣。

彼女の種族は牛鬼で、衝撃波を操る魔法を扱う。

輝氣は、閃火の攻撃で姿勢を前方へ崩した一丸三式の側面から接近して、腋の部分へ強烈な拳を叩き込んだ。

キョンシー化は死人を動かすだけでなく、身体能力の強化も含まれているため、彼女達は生前より遥かに強靭な身体を持っている。

筋力なども強化された輝氣の一撃は岩も砕ける破壊力を持ち、さらに魔法でその効果を引き上げる。

まず足元へ衝撃波の魔法を展開して加速を得て、その勢いを乗せた拳によるダメージ。さらに相手の体内へ直接、衝撃波の魔法を展開する事で内蔵をズタズタに破壊する強烈な一撃だ。

一丸三式は人では発声できないような、まさに化け物のような呻き声を上げて吹き飛んだ。

数百キロはあるだろうその巨体が吹き飛ぶほどの打撃と内臓を破壊され、さすがの一丸三式も無事では済まないはずだ。

作戦名『火月』は機動力のある閃火が強襲を行い、その強襲によって作られた隙の間に本命の攻撃を行う輝氣が距離を詰めて最大の力を叩き込む作戦である。

一丸三式は口から汚れた液体をこぼしながら起き上がろうとするが――そんな一丸三式の周りの地面に次々と異変が起き始める。

地面から現れたのは無数の骸。――そうこれは妃枯の魔法である。

骸達は、身体の生成と同時に作られた骨の剣を次々に一丸三式に突き刺してその巨体を張り付けにして抑え込む。

油断などありえない――。一切の隙を与えずに殺しきる。

地面にうつ伏せに貼り付けにされた一丸三式の上から妃枯が強襲。そのまま自身の体重を乗せた刀の一撃で一丸三式の首を斬り飛ばすと、すかさず輝氣がその頭部を蹴鞠のように強く蹴り飛ばす――。蹴り飛ばされ岩壁にぶつかった頭部は潰れ吹き飛んだ。

閃火は一丸三式が頭部が破壊されても動き出すようであればと待機していたが、流石にそこまでの再生能力はなかったようである。

「ご苦労様です、みんな」

一段落した様子を感じ、アオイも一丸三式の様子を確認しにやってきた。

アオイは首のない一丸三式の姿を見て……虚しさを感じられずにはいられなかった。

この1年の間――夢で見るのは妃枯の事か、一丸三式の事ばかりであり、一時すら忘れる事が出来なかった因縁が、ものの数分も立たず呆気なく終わってしまった。

苦戦などありもしなかった。

……アオイは待機状態で立っている妃枯の方を見る。

彼女は身体は微動だにさせず、死んだような瞳で止まっている――それはヒガレの形をしたただの人形。

「何も……なに……も……ないじゃないッ!」

ヒガレを失った時の喪失感が再びアオイを襲い……アオイはその場に泣き崩れた。

この一年間の苦しみは、苦悩は何だったのか?

ヒガレの命は、こんな呆気ないもののために失われたのか?

どこかで一丸三式を倒せば、妃枯が再び心を取り戻すのではないか。アオイは無意識にそんな期待をしていたのだ。

――そんな事があるわけがないと理解をしていても……。

「アオイ博士、大丈夫ですか?」

地面に座り込み震え泣くアオイに声を掛けたのは、一丸三式の開発責任者であったトウゴウだった。

「なぜここにトウゴウさんが……?」

アオイはそばに立つトウゴウを見上げる。

――これは名目上は特殊強化戦闘兵製造計画における妃枯達の運用試験だ。

国から直接許可を得た上の空想皇国の軍事機密に属する要件であり、同じ計画に携わるとはいえ、トウゴウは別の研究部門所属だ。秘匿事項である本件――本日のこの試験について知っているはずがない人物なのだが……。

「いえ、アオイ博士が一丸三式の討伐を行う情報を得ましてね」

「恐れながら、遠方から見物をさせて頂きました」

……食えない男だ――そうアオイは悟った。

「あの忌まわしい事件から早1年でしたか……。」

「ご悲願の達成、誠におめでとうございます。アオイ博士の研究成果、篤と拝見しました。大変素晴らしい、これならば国も博士の研究を高く評価するでしょう。」

それは今のアオイにとって皮肉でしかない言葉だ。

しかし実際の所、妃枯達3人は――アオイは上手くやりすぎた。身体強化が与えられた妃枯達だからこそ、こうも容易く討伐を済ませる事ができたのだ。

一般市民はおろか、空想皇国が用意した討伐部隊を壊滅させるような怪物だ。成長をして強くなっているはずの一丸三式をたった3人で倒した――。つまりは討伐部隊を軽く超える戦闘能力の運用をこの人数で補えるという事なのだ。

少人数である事は、それだけ戦術的な運用がしやすくコスト面で見ても非常に優秀である。

生産性が恐ろしく悪い面はあるが、この成果はトウゴウの言う通り、空想皇国の軍部も高い評価を与えるだろう。

こうしてアオイの研究は、アオイが望まない形へとよりその成果を膨らませていくのである。

「それでですね、アオイ博士にお願いがありまして……」

アオイはその内容に察しがついていた。この男がざわざわこんな場所へ現れた理由など一つしかないのだから。

「一丸三式の死体を私に引き取らせていただけませんか、次こそは必ずアオイ博士のように素晴らしい成果を上げてみせますよ!」

トウゴウの表向きな言葉とは裏腹に、アオイは研究成果を出せずに焦りを覚えるトウゴウの心情を察する……自分も同じであったから。

だが、今のアオイは彼とは違う場所に立っている。がむしゃらに進み、目指して辿り着いた場所はそこから先がない断崖絶壁だった。

「私の進む先は……」

「――はい?」

アオイの言葉の意味が理解できず、トウゴウは聞き返す。

「いえ――わかりました。持って行ってください。」

「ありがとうございます!」

「――回収作業始めろ!」

トウゴウが自分の後方に向かって呼びかけを行うと、どこからともなく作業員達が現れ作業を始まる。

用意周到なことだ……。アオイは一瞬、この場にいる者を皆殺しにしろという命令を妃枯達に出す事を脳裏に浮かべ……。彼女達に撤収の命令を出して研究所へ帰還した。