Ranne   -warp flower-


空想皇国とは長きに渡り、敵対関係にある隣国――『瞑想公国』。

獣系の種族が多い国柄で、空想皇国とは長期の敵対関係にある隣国――多くの国と戦争状態にある空想皇国ではあるが、もっとも苦戦を強いられているのが、この瞑想公国なのである。

瞑想公国は近隣の国の中でも最大の領土と国力を持つ……それに対して空想皇国は術式の研究と戦略上進行がし難い地形に国を構えている事が幸いし、彼の国と何とか均衡を保っていた。

しかし、長期に渡る戦争により、兵力不足に陥っている空想皇国は、根本的な国力の差によって、徐々に領土を脅かされていた……。

瞑想公国との国境にある最重要戦略拠点『球根砦』――空想皇国によって大隊規模な攻撃が何度か行われた出城である。

しかし、厳重な城壁と防衛網により、全て大敗を喫する結果となっている上、逆にこの砦を経由する形で空想皇国への侵略が広がっていた。

この砦の攻略は空想皇国にとって、現在の劣勢な流れを覆す事ができる最重要攻略目標なのである。

アオイ率いる歪の華の初任務として与えられたのが、この砦への侵入および破壊であるが……果たして、大隊による作戦すら攻略のできない砦を小隊編成の歪の華だけで達成できるのだろうか……。

任務に大きな不安を抱えるも、命令には従わなければならないアオイは、不安を伏せて、妃枯達を引き連れ球根砦へ向かうのであった……。

時刻は子の刻……。月の光が届かない暗い森を駆け抜ける影たち。

――歪の華のメンバーは間もなく瞑想公国の警戒網地点へ到着しようとしていた。

アオイも輝氣に抱き上げられるような形で彼女達に同伴している。

「――各自、停止してください」

アオイの声によって、歪の華のメンバー達は進行を停止する。

「各組、事前登録の作戦内容の遂行を用意」

「作戦目標の達成か、予定内容を大きく逸脱する場合はここまで退却してください」

初番隊――『妃枯』『輝氣』『閃火』には進入路および撤退路の確保。

次番隊――『翠漸』『絢覚』『譚里』には敵地の最深部への侵入の命令を与えている。

事前に入手されている砦の見取り図から、潜入ルートと破壊目標を指定しているが命令自体はそれだけで、任務開始後の細かな状況判断は彼女達――本人が行う。

実際の任務を行うのは今回が初めてではあるが、アオイは彼女達への試験を繰り返し行ってきた。

キョンシー化した彼女達に意思は無い……しかし目的を設定すれば、その目的を達成するために自信での判断や、ある程度の思考が行える事が分かっている。

例えば、目の前に川があり、川の向こう側へ渡る事を目標として設定する。

彼女達は自分自身でその手段を思考して達成しようとするのである。

水が得意であれば直接泳ぎ、力があるものは川をせき止めたり、周辺の木々を利用して橋を掛けたり、その他にも船を用意したりと、同じ内容の命令を出してもそれに対する回答と手段は多種多様だった。

この事から、命令に対する判断は生前の彼女達の思考に由来すると推察される。

キョンシー化に近いもので、ゴーレムの技術があるが、あちらは全ての動作を事前に指定しておかなければならず、ゴーレムでは決して行えない、状況に合わせた判断を彼女達はこなす事ができるのである。

――勿論、思考はできても倫理観が欠如しているという問題があるので、万能ではないが今回の作戦ならば支障が発生する事はないだろう。

「それでは作戦開始してください――健闘を祈ります」

アオイの命令と共に歪の華の6人は一斉に行動を開始した。

まず夜目の効く初番隊の閃火が先行――その素早い動きとは異なり最低限の物音で球根砦の目前まで5人を誘導する。

球根砦は、中央に城門が設置され、層を成すその形状から名前が付けられた砦である。

砦や拠点と言えば大きな城壁などで領土への進行を遮るようなものを想像しやすいが、球根砦の城壁は比較的低い作り――言ってしまえば塀程度の高さしかない。

種族によっては簡単に飛び越える事ができるものであるが、問題はその数であり、幾重にも作られた塀が、侵入を拒む作りとなっている。

また、砦中央に向かって傾斜が高くなっており、砦中央からの監視と攻撃性に優れ、非常に進行がし辛い設計がされているのである。

球根砦には中央の大型の城門の他に、左右にも小さな予備城門があり、向かって左側の西城門は敵兵士の宿舎が近く、歪の華が狙うのは右側の北城門である。

瞑想公国側に潜入している密偵によって、警備の人数が最も少なく、また警備の交代が行われる時間や警備の配置位置も事前に把握できている。

城門の警備兵たちを排除するのは妃枯の役目――生前の妃枯の魔法は自分の周囲に骸を生み出し、自分の視界から骸を操る能力だった。

しかし、キョンシー化によって魔力を強化された彼女は、骸を数十メートル離れた距離でも生み出す事ができるようになった。

そしてさらに、一丸三式によって抉られた左目には魔器の義眼が埋め込まれている。

この義眼は術式兵器開発部門が妃枯のために開発した魔器で、彼女と彼女の生み出した骸の視界を繋ぐものであり――つまり、妃枯は離れた位置に骸を生み出し、遠隔操作する事が可能になったのだ。

今の彼女ならば、予備城門の前に控える兵士だけでなく、その上の物見台の兵士、さらには門の向こうに控える兵士すら用意に暗殺する事ができる。

「ぐうぁッ!?」

見張りの兵士たちの小さな断末魔が、ほぼ同じタイミングで上がる。

――妃枯による敵兵の排除が終わったのだ。

認識外の位置から音もなく生み出される骸は、あくまで人形であるため、殺意や殺気を感じ取る事もできない――そのため、これに対応できる種族は多くない。

余程、認知能力に優れる特殊な視覚や聴覚を持っている種族ではあれば対応できるかもしれないが、そう言った種族が警備にいない事も事前に調査済だ。

敵の排除を終えた妃枯が門へ駆け出すとそれに続くように残りの5人も妃枯に続く。

妃枯は骸を操作して内側から開門させ、迎え入れられるように自然に敵地へ潜入する事に成功する。

ここで初番隊は役目は一旦終了――『妃枯』『輝氣』『閃火』は逃走経路の確保と維持のために門で待機となる。

砦の中央へ潜入するのは次番隊の『翠漸』『絢覚』『譚里』――先頭を担当するのは絢覚だ。

門の警備と違い、警備以外の不規則な行動をする兵士や職員もいるため、中央へ向かうには慎重な潜入が必要となる。

絢覚の種族はイリス――瞬間移動の魔法を使う種族である。

瞬間移動と言っても、ワープをするのではなく、素早い動きで瞬間的に移動をする瞬歩の能力であるため、自由に転移ができるわけではない。

だが――事、直線の距離を一瞬で詰める事に関しては、どの種族よりも早い。

少し先に兵士の姿を確認し、その兵士が別の場所へ視線を向けた瞬間に絢覚が動く。

翠漸と譚里の目の前にいたはずの絢覚が消えたのとほぼ同時に、通路の奥の兵士の首が飛んだ――まさに目にも止まらぬ動きで、敵兵士を排除していく。

その速度で相手に認識されるよりも早く、相手を暗殺する事ができる絢覚だが、移動をした直後から次の動作までには隙ができてしまうため、複数の相手を同時に排除する事は苦手としている。

そのため、絢覚が対応できない場合は、翠漸がサポートして確実に対処していく。

そして、譚里は2人の排除した敵兵の後始末をするため、後を追うように最後尾を移動する。

譚里の種族はケルピー――物質を水に変化させる魔法を扱う種族で、今回は始末した敵兵を隠蔽する役割を担っており、地面を水に変化させ、死体をその中に沈めていく。

瞑想公国の兵士は嗅覚の優れた種族が多いため、血の臭いで侵入を察知される危険性が高いのだ。

こうして、次番隊は着実に砦の奥へと進み、敵兵に発見される事なく目標地点――幹部宿舎の直前まで侵入が成功した。

ここから先は流石に警備兵の数が多くなる――とはいえ、今回は次番隊が直接宿舎の中へ潜入するわけではない。

次番隊は必要最小限の敵兵を排除しながら建物の裏側へ回り込むと――翠漸、絢覚、譚里の3人は三角形を作るように向かい合い、そのまま地面に膝をついて両手を地面へ付ける。

『式――『姫浮草』召喚』

言葉を発する事がないキョンシーの3人が、全く同時に同じ言葉を発したかと思えば、3人をそれぞれ繋ぐように青白い線が地面に浮かび上がり、出来た三角形の陣の内側を複雑な模様が埋めていく。

歪の華に与えらてた能力――式という名の怪物を生み出す魔法……。

トウゴウの研究の成果であるこの技術は、歪の華のメンバーの3人で1体の式を組み上げる魔法で、召喚という掛け声とは異なり、この場で0から1つの生物を組み上げる異質で異常な技術である。

まず、翠漸が式の基本構成情報を絢覚と譚里へ伝達して、式の脳細胞を構築する。

続いて絢覚が骨格の生成、譚里が追うように筋肉を生成……。脳の構築を終えた翠漸が脳から広がるように神経を張り巡らせていく。

こうして、3人が囲む魔法陣から迫り上がるように『姫浮草』がその姿を現す。

生成に伴う、異様な魔力の波の広がりと魔法陣の発光により、敵も3人の潜入を探知する。

だが、式の生成を完成させてしまえば、3人の侵入者がどうこうの話ではなく――これから瞑想公国の彼らは、文字通りの怪物との死闘を行う事になるのだ……。

「――なんだこの魔力は……ッ!?」

幹部宿舎の警備を行っていた兵士が流れてくる異常な魔力の気配に気づく。

大量の魔力が使われると、その付近一帯に異質な魔力の流れが生まれるのだ。

兵士達は魔力の流れてくる方へ向かい、発生源となる――それを目にして息を飲んだ……。

それは例えるならば、海洋生物のエイやクジラが合わさったような姿をしていた。しかし、それは水を泳ぐのではなく空を――空中を優雅に泳いでいた。

全長数十メートルはあるような魔物が突如として拠点の中央に現れたのだ、こんなモノの接近に今の今までなぜ誰も気がつかなかったのか。

「こ――攻撃だ!撃ち落せ!!」

その掛け声に合わせて周辺にいた兵士達が一斉に攻撃を開始しようとした直後――魔物から無数の光線が降り注いだのだった。

次番隊の3人は姫浮草の召喚を完了すると同時に撤退を開始した。

先ほどの編成と異なり、前衛を絢覚、譚里が担当して最後尾を翠漸が務める。

姫浮草が攻撃を開始し、無作為に無数の光線が照射される。

姫浮草はクジラやイカやエイなどの海洋生物を主体として設計された式だ。

海洋生物をベースとしているが、水中だけでなく空中を泳ぐ事ができる。そして空から冷撃の光線を照射して周辺にあるものを全て氷漬けにして、生物を捕食する。

式は生み出してしまえば、後は本能のままに破壊と殺戮を行う戦闘兵器であり、生みの親である歪の華もその例外ではなく、彼女達にも式の容赦のない攻撃が襲い掛かる。

その姫浮草からの攻撃を最後尾で防ぐのが翠漸の役目だ。

翠漸の種族は玄武――防御壁の魔法を扱う種族で、傘状の盾を媒介とした魔法の防御壁を展開して、姫浮草からの攻撃を防ぎながら撤退の支援をする。

完全な不意打ちにより、姫浮草の周辺にいた兵士は皆、氷漬けにされてしまった……そして、姫浮草は氷漬けになって身動きのできない彼らを次々と捕食していく。

初撃を免れた兵士達は状況を理解して、光線への対策をしながら姫浮草への攻撃を開始――風属性の魔法を主軸とした攻撃が姫浮草を襲う。

「的はでかい!集中攻撃で排除だ!!」

しかし、姫浮草は空中で身を翻して攻撃を最小限のダメージに抑え反撃してきた。

「くそっ、なんて攻撃力だ!!だが数ではこちらが優勢だ!攻撃を続けるんだ!」

部隊長が攻撃指示をだし、同じ攻防を数回繰り返す……そして気が付く。

「あいつ……傷が……再生してるのか?」

少しずつだが、ダメージを与えているはずだった……しかし与えたはずの傷が無くなっているのだ。

姫浮草は高い治癒能力の魔法を備えている。もちろん無尽蔵で行使はできないが、捕食を行う事によりこれを補っている。

犠牲を出しながらの攻撃の継続――彼らは完全に姫浮草との戦い方を誤ったのだ。

瞑想公国の兵士達が姫浮草の特性を理解し始めた頃――次番隊は初番隊が待機する北城門の入り口まで撤退を完了していた。

妃枯、輝氣、閃火の3人は次番隊が無事合流できると判断すると、今度は彼女達が3角形の陣を展開――2体目の式を召喚する。

初番隊が召喚したのは『姫山茶花』。海洋生物のような姿の姫浮草とは対称に4つ足で毛皮のある獣の姿をした式だ。

召喚された姫山茶花は周辺の状況を確認するような動きを見せ、姫浮草の姿を確認すると瞑想公国と戦闘を行っている場所へ移動を開始――幾層にも構築された城壁をまるで何も無いかのように破壊――最短距離で突き進む。

轟音と共に現れた新たなる式に、やっと戦況が立て直し掛けていた瞑想公国の兵士達だったが、状況は再び混乱――そして何人かの兵士はそのまま姫山茶花に押しつぶされた。

「どうなっている!!?」

「ばッ――化け物が2体目ッ!?」

兵士達は口々に言葉を上げるも、この状況を正しく理解できる者は瞑想公国の中にはいなかった。

突如現れた1体目の化け物と同じく、再び突如現れた化け物――姫浮草に加勢をするように現れたように見えた姫山茶花は――姫浮草に襲い掛かった。

空を泳いでいる姫浮草の胴体に食らいついた姫山茶花はさらに前足を使い、姫浮草の身体を押さえつける、2体の式が地面に落下し、轟音と衝撃に付近の建物や兵士が巻き込まれる。

姫浮草はたまらず、光線を乱射したため、姫山茶花は姫浮草から飛びのくように距離を離した。

正体不明の怪物2匹が暴れ回り戦う姿に、瞑想公国の兵士たちはもはや唖然とする事しかできなかった。

「なん……だこれ?」

2匹の怪物が戦いを続け、それにより球根砦は破壊され、どんどんと防衛拠点としての機能を失っていく。

兵士達の多くは成すすべもなく巻き添えをくらい、この異様な状況に怖気づいた兵士たちが次々と逃走――撤退を始める始末である。

しかし、この撤退が状況をより悪くする結果となってしまう……姫山茶花の最初の一撃により深手を負い回復をしたい姫浮草は、反撃はしつつも姫山茶花から逃げるように、そして回復のための栄養を補給すべく、逃げ惑う瞑想公国の兵士を追いかけ始め、それを姫山茶花が追いかけるという状況に進展。

当然、敗走兵を追う形となった2匹の式は、そのまま瞑想公国の領土内へ侵攻していく事なった。

こうして、球根砦には姫山茶花が進行する事で無数の城壁に1本の大穴が空き、さらに兵士達に多くの犠牲や敗走により完全に無力化する事に成功したのだった……。

「みんなご苦労様でした」

アオイの待つ合流地点まで初番隊と次番隊は無事帰還を果たす。歪の華の仕事はこれで完了だ。

「後は空想皇国の主力軍が頃合いを見て、球根砦の制圧に掛かるので、私たちは帰還です――輝氣、お願いします」

アオイがそう指示を出すと、ここまで来た時と同じように輝氣がアオイを抱き上げ、彼女達は誰一人として傷の一つも受ける事なく任務を達成して帰還したのだった。

この後、空想皇国の軍により球根砦は制圧が完了。

姫浮草と姫山茶花の2体はそのまま瞑想公国の領土内へ侵攻したが、2体とも討伐された……。

しかし、瞑想公国はこの2体の討伐にかなりの戦力と時間を費やし、兵士達だけでなく一般市民や町にも大きな被害を与える事となる。

空想皇国は、この瞑想公国の混乱に乗じてさらに次の作戦を進める事を決定、また、瞑想公国の隣国もこの動きに便乗するように攻撃を開始。

この地域では最も国力の高い瞑想公国であったが、この日を境に衰退の道を歩む事となるのだった。