Ranne -warp flower-
……球根砦攻略戦より3ヵ月。
空想皇国が瞑想公国に多大な被害を与えたことにより、国家間の戦争はより大きく波紋を広げていた。
瞑想公国を脅威と感じていた他の国々もこの機会を逃さんとばかりに攻撃を開始した結果だ。
だが、瞑想公国も劣勢ではあるものの大国の意地として、逆に反撃の進行作戦を行い、各国の領地でも戦闘が勃発していた。
もちろん空想皇国も例に漏れず、瞑想公国の領土に進行する一方で、瞑想公国による領土侵略を受けていた……。
「局長、守備部隊より救援要請です。」
「我、劣勢のため増援を要請――砦は壊滅、兵力の4割を消失、半刻経過後、後方の村まで撤退す――増援願う。との事です。」
アオイの元へ通達係りが報告のため駆け込んで来た。
「わかりました。それでは三番隊と共に私も向かいます。通常部隊と救護隊も合わせて現地に向かわせてください。」
アオイは通達係りに指示をだす。
本来は実験部隊である歪の華と、ただの研究者だったオアイだが、球根砦攻略戦の成果を高く評価された結果、進行作戦だけでなく、防衛のために自国内の増援にも駆り出されている。
こうして歪の華のメンバーは空想皇国における主戦力ともいえる役目を担い、アオイに至っては司令官のような立場として扱われ、他の部隊の出兵管理や行動指示まで行っていた。
「はぁ……。」
アオイは思わずため息を付く……。
自国のために戦う事は正しい事だし、歪の華は兵士の疲労や補給面などを改革する『特殊強化戦闘兵製造計画』より生まれた部隊なのだから――目まぐるしい戦いをずっと続けられていると言う事は、理念そのものを達成できている証明で、喜ばしい事である。
だが、自分達の意志ではなく、ひたすら国のために操られ――戦闘と人殺しを一手に担う彼女達の姿が、正しいものだと……どうしても納得をする事ができない。
そして、その操り糸を使い彼女達を操っている自分に、どうしようもない嫌悪感を抱く――だが、戦争が……今の彼女の立場が……アオイが逃げる事を許さないのだ。
だから、せめてもの罪滅ぼしなのか、アオイは頻繁に歪の華と共に作戦に同行を続けていた。
瞑想公国と隣接する空想皇国の領土内の村――もちろん国境には砦や守備隊が配置されていたが砦が落とされた事により、前線はこの村まで広がってしまっていた。
アオイは歪の華の三番隊である『菊乃』『漣華』『亜百合』と共に村に到着。
「状況はどうなっていますか?」
アオイは、村の外で待機していた兵士を見つけ声を掛けた。
「アオイ様!よくぞ来てくださいました!」
兵士はアオイの到着をすがるように迎え入れる。
「残った守備部隊の1割が村内で戦闘中ですが、いつまで持つか分かりません!」
「どうか、どうかお力をお貸しください!」
兵士の装備は泥と土と血に汚れ、表情からもかなりの疲労が伺える。
「連絡では4割を失った時点でここまで撤退との事ですが、まさか残りの5割の兵力がすでに……?」
「いえ、撤退時に2割が消失、残りの3割は……司令官は村を見捨ててさらに後方におります。」
「なッ!?」
アオイは驚愕のあまり思わず声を上げる。
「司令官は……この村での防衛は地形的に不利であると判断し、後方の地形にて陣を立てているのです。」
「ですが、やはり私たちは村を見捨てる事ができず、こうして村に残り住人の避難と時間を稼ぐ形で戦闘を行っている状況です。」
アオイは震える――理屈では理解できる。
不要な戦力の消耗を押さえるという意味では正しいのだろう……これは戦争なのだから。――でもそれは理屈なのだ、民を守るのが本来の兵士の役目だ。
「村の住人の避難はどの程度進んでいるのですか?」
「後方の陣へ避難する形で誘導を続けていましたが、まだ少し住人が村の中に残っているようで……。」
避難が済んでいないとなると、予定していた式を使った防衛が難しいかもしれない――場合によっては……。
いや、考えるな……こうして残って戦ってくれる兵士達もいる。
そして、私たちは彼らを守る力を持っている――ならば救ってみせなければならない!
「わかりました。」
アオイは、三番隊の3人の方を向き指示を出した。
「それぞれ村の中の敵兵を排除しつつ、村人捜索や味方兵士の撤退を支援しなさい!」
「状況に応じて私が指示を出します――行きなさい!」
菊乃、漣華、亜百合は、それぞれ別れて3方向に展開して、村の中へ突入――すると早々に亜百合が敵を発見。
「接敵しました。」
亜百合はそう呟くが、その声が届く範囲には誰もいない。

「いいわ、そのまま敵を排除しないさい。」
そう答えるのはアオイだが、彼女は亜百合の声が届かない離れた場所にいる。
しかし、まるで亜百合と会話するように指示を出す。――そう、これが亜百合の能力だ。
戦闘系の魔法を得意とする歪の華のメンバーの中では珍しく、亜百合は非戦闘系の魔法を扱う。
離れた場所にいる相手の脳へ意志を伝える事ができる――ガブリエル族の念話の魔法だ。
今回の作戦は、亜百合を経由することで遠隔的に菊乃と漣華にも指示を出す事ができる事が強みだ。
亜百合は、発見した敵に向かい大出力での魔法を放つ。
本来は非戦闘系で、意志を伝える事が役目の魔法であるが、出力を上げる事で、対象の脳に酷いノイズのような衝撃を与える事ができるのである。
一瞬の妨害でしかないが、突然の脳への衝撃に敵の意識が揺らぎ、その隙をつくように亜百合の武器が襲う。
異様な形の武器「琴刃」――それは例えるならば両手持ちのトンファーの側面に刃が付いているといえば伝わるだろうか。
サイズも大型の部類に入るその武器で、亜百合は身体全体で回転するように相手を斬りつけた。
「敵兵の排除が完了しました。住民の捜索を継続します。」
アオイに報告を入れた亜百合は、村の外周を沿うように奥へ向かう。
「ここは終了……。」
アオイは定期的に亜百合から入る報告を元に、村の地図に印を入れていく。
すでに村の3分の2は瞑想公国の兵士達が占領しているような状況だ。
前線は村の中央部より少し手前の部分――空想皇国の兵士達が必死に村の住民の逃げる時間を稼いでいた。
三番隊の3人の中で一番戦闘能力の高い菊乃には、この中央部前線の援護をさせている。
「漣華より報告。敵軍の本隊は村の反対の入口前に陣を敷き、およそ3000の兵士が待機中。」
亜百合経由で連絡が入る。
すでに村の中で戦闘をしている兵士も合わせれば4000ほどの兵力か……。
一騎当千の歪の華といえど、4000人の兵力をまともに相手はできないし、おそらく敵の後方にはまだ増援が控えているだろう……村の全域を調べてから撤退をしたかったが、やはり猶予が無さすぎる。
「くっ……亜百合と漣華は中央に集合してください。タイミングを見て式を展開します。」
心に無理やり蓋をするように――アオイはそう亜百合に命令した。
「あなた達も撤退の準備を始めてください。私も村の中央に向かい前線の兵士の撤退を支援します。」
傍にいた味方の兵士達にそう指示をだし、オアイも村の中へ走った。
「クソッ、あれが噂に聞く空想皇国の戦闘人形か!」
村の制圧は順調に進んでいるはずだった……。
空想皇国側の主力は後方に下がり、村の中央を制圧して残りの兵士や村人を排除するだけのはずだったが、そこに青いローブを纏った一人の女が現れて戦況が膠着した。
大きな大剣と左手の大きな金属の腕を振り回し、さらに雷撃によって、次から次へと瞑想公国の兵士が倒されて行く。
たった一人なのだが、明らかに戦闘のセンスが違う――数人で取り囲んでもそれを捌いて次の相手へ襲い掛かる。
その青いローブの女――菊乃は雷鬼族の武闘家系の生まれで、その武術の能力はキョンシーになったことでより強化されたと言える。
敵を圧倒する大振りな攻撃の数々は確かに脅威――そこで瞑想公国の兵士は菊乃が疲れるのを待つように、体力を奪うように時間を掛ける動きを始める。
だが、歪の華からしてみれば、時間を稼げるのであればより都合がいい。
キョンシーにも体力の限界……というよりも燃料の限界はある。しかしそれは普通の人よりも遥かに長く――そして激しい戦闘を継続できる上に、徐々に疲労がたまるのではなく、魔力が切れる直前までフルスロットルで戦闘を継続できる。
そして、味方の兵士の撤退の時間も稼げる……と、そうこうしているうちに、もう一人の青いローブの女が現れた。
「漣華が菊乃と合流しました。」
再び亜百合から念話が入る。
「漣華と菊乃で連携して時間を稼いで、私ももう到着するわ!」
ルサルカの漣華は水を生み出し、その水を操って攻撃するため、電撃を操る菊乃とは非常に相性がいい。
時間が少し稼げるだろうかと考えを巡らせている間にも、アオイが向かう先――アオイのいる位置からも菊乃が放った電撃の光が確認できた。
「兵士と住人は何人いますか!?」
中央前線に到着するやいなや、アオイは味方の兵士達に呼びかける。
「兵士40名!民間人10名です!」
辺りを簡単に見渡しだけでも負傷者が多い……これは撤退するまでの時間がかなり掛かりそうだとアオイは察する。
「了解しました!ここは歪の華が抑えます!全員大至急後方へ撤退してください。」
「私たちはまだ戦えます!」
味方の兵士の一人がそう声を上げる。
「動けるものは負傷者を少しでも早く後方に連れて行きなさい!ここにいられても逆に邪魔になります!」
「は……はい!」
兵士は否定されたことに一瞬驚いたが、指示に従い負傷者に肩を貸し、移動を始める。
「合流完了しました。」
念話ではなく、亜百合の声がアオイの耳に直接届く。
「亜百合と菊乃は敵が少し距離を取るように派手に大きく立ち回ってください。」
「漣華は広範囲に水が広がるように魔法を展開!」
アオイは二人にそう指示を出す。
中央での戦闘指揮を任されていた瞑想公国側の隊長は、水芸でも披露するかのように、派手に水の魔法を扱う敵の姿を見てアオイの作戦に気がつく。
「ダメだ!全員一旦距離を取れ!」
「遅いッ!菊乃やりなさい!」

指示と共に、菊乃がバチバチと電撃の音で唸りを上げる左腕で、地面を叩いた。
瞬間――水で濡れた地面を通して電流が流れて瞑想公国側の兵士が一斉に感電する。
「後方へ退避!」
攻撃のチャンスと思えた瞬間――だがアオイは3人に後退の指示をだし、懐に忍ばせていた煙幕玉を爆発させた。
「げほッごほっ……どういう事だ!」
瞑想公国の隊長はむせながら、煙をかくように手を大きく振り少しでも状況を把握しようとする。
先ほど電撃をくらった兵士達もよろめきながらも再度戦闘できるよう武器を構える……先ほどの電撃では致命傷には至っていたなかったようだ。
そして、煙の向こう……後方に下がったアオイ達の方から青白い光が見えた。
『式――『姫葛』召喚』
姫浮草や姫山茶花とはまた事なる異形の怪物――それは植物と昆虫が混ざったような姿だった。

「キュルルルルルル」
姫葛は虫の羽のような部分を震わせながら鳴き声を上げた。
そして、植物のツルのような器官が地面から何本も生える。
姫葛は、召喚した場所から動くことができない式だ。
召喚された地面に根を張り、地面の中から周囲を自分の縄張りとする――そして。
「うわああああああ、ツルが絡んで!?いだああああああッ!!!」
縄張り内に入った得物をツルで捉えて締め上げる――そして捕食する。
締め上げるツルとは別に捕食用の器官が付いたツルが瞑想公国の兵士にかぶりつく。
グシャ――。
「た……たすけて!!うわああああ!!!」
その光景をみた別の兵士たちは一斉に逃げ出すが、何人かは地面から飛び出してきたツルに捕まった。
アオイは式が人を捕食する姿を見るのは始めてだった。なんて悍ましい光景なんだ……。
アオイはその絶望的な光景を目のあたりにして、一瞬放心状態になっていたが亜百合の報告で我に返る。
「村の住民を発見。」
アオイは辺りを見回し――青い髪をした一人の少女と背中に背負われた小さな男の子を見つける。
「助けてッ!」
青い髪の少女はアオイが自分の事に気がついたと分かり、大きく助けの声を上げた。
しかし、不用意に上げたその声は、アオイだけでなく姫葛にも届いてしまう。
「キュルル」
「まずいッ、3人ともあの少女を救助してッ!!」
だが、菊乃と漣華はすでに撤退の動作に入っていて、反転してこちらに戻ってくる。
アオイの撤退の支援のために、そばにいた亜百合が少女の救助へ動く。
地面から伸びてきた姫葛のツルを、自らが独楽のように回転して琴刃で切断するが――しかし、数が多い。
そして――亜百合が辿り着く前に青い髪の少女と幼い男の子をツルが襲う。
ダメだ間に合わない!!
「この子をッ!!!!」
青い髪の少女は背負っていた男の子を突き飛ばし、さらに風の魔法を使った。
男の子はブワっと風の魔法で空中へ飛ばされる。
それと同時にベチンッ!!!と鈍い音が響いた。
姫葛が横ぶりの形でツルを叩きつけるように、青い髪の少女の胴体を薙ぎ払った。
「ぐぅぁッ!!!」
肺の空気が無理やり押し出されたような声とも言えない音が口から洩れた。
そのまま吹き飛ばされ、青い髪の少女もまた空中を舞った。
「漣華ッ!受け止めて!!」
男の子の方は漣華が水魔法でクッションを作り受け止める事に成功する。
ドサッ――だが少女の方は……アオイの目の前に落下する形で地面に叩きつけられた。
「ひぃッ!」
アオイは思わず悲鳴を上げてしまう。
壊れた人形のように転がっている少女はゆっくりと血を広げる。
こんな――だって、そもそも救助は諦めるつもりで……でも式が巻き込んで死んだ……この子を殺したのか私が?
「違う!違う!違う!!」
アオイは声を荒げて叫ぶ。
今はそれどころではない。撤退をしなければ、姫葛がこちらに敵意を向け始めている。
「菊乃はこの子を抱いて!安静にッ!!撤退します!!」
菊乃はぐったりと力のない少女を抱きあげ撤退……アオイ達は無事に村の後方の拠点へ到着した。
村を守るために戦った兵士、村の住人には、多くの犠牲者が出たが、アオイ達の増援により、多くの命を助けた事は間違いない。
また、村は壊滅状態であるが、姫葛によって敵軍の進行を防ぐことに成功した。
姫葛は移動をしない、というより移動できないため運用が限られるが、被害範囲の想定が立てやすい事、テリトリーを形成する事で生存時間・運用時間が長い事が特徴である。
短くても一ヵ月程度はこちらに進行する事ができないだろうし、補給なども考えると瞑想公国が撤退する可能性も高い。
作戦としては成功のはずだが……アオイは目の前で少女を助けられなかったことへの後悔が心の傷となった。
もし、もう少しだけ住人の捜索に時間を割いていれば、もし式の展開を遅らせていれば……。
何より、自分が指示を出しながらでは、やはり行動に遅れが発生する……菊乃達が自分達の意志で行動できていれば、対応もできたのではないのかと……。
そして、アオイは自分の罪から少しでも逃れたいという気持ちからか、瀕死の少女に施術を施す。
こうして青い髪の少女は、14番目のキョンシーとして起き上がるのだった。