Eltofeena   -lost queen-


……ローザはエルトフィーナが座る玉座の前に立つ。

今のこの状況について、どうしても彼女に確認しなければならない事があるからだ。

「……陛下、一つだけお伺いしてもよろしいですか?」

ローザがそう尋ねると、エルトフィーナの顔が少しだけローザの方に向く。

「――なんだ?」

その言葉を聞き、日頃は穏やかな表情のローザが、今は真剣な目でエルトフィーナに問う言葉――それは。

「陛下はなぜ手を抜かれていらっしゃるのですか?」

――それはエルトフィーナが態と負けを招いたと言わんばかりのものだった。

ただの女中が皇帝に向けるその言葉は、女王への冒涜に等しい。

――しかしエルトフィーナは気にした様子もなく、ローザの質問に答える。

「――私は手を抜いたつもりはないぞ」

いつもと変わらない、ただ『最善』で処理したはずだ。

こうなってしまったのだから、起こるべくして起きた――変えようのない事象であり、他にどうすることも出来なかった。そうエルトフィーナは考える。

しかし……。

「いいえ、陛下は手を抜かれておられます――私だけでなく、長く陛下にお仕えした者は皆、今回の陛下の判断に疑問を感じています」

ローザはエルトフィーナの言葉を否定する――彼女はずっと傍で見てきたのだ。

彼女がこの国のために、ひたすらその身を捧げてきた姿を知っている。だからこそ分かる違和感――直感だが確信がローザにはあった。

「――手を抜いている……よく分からないな」

手を抜いていると言われる事ではなく、自分の判断が今までと違うものかどうかが分からない。

いつも通りだったはずだ――しかしローザの話では、彼女だけでなく、他の兵士達までが違うというのだ。今まで自分を信頼し、付き従ってきた者達が違うというならば――何かが今までとは違うのだろう。

エルトフィーナがそれ以上何も言わない事を確認し、ローザが再び言葉を続ける。

「……革命軍の勢いはもう止まりません」

「陛下に忠清を誓う者達が必死に戦っていますが、革命軍がここに攻め込んでくるのも時間の問題です」

圧倒的な強さを持つエルトフィーナだが、この戦況を一人で覆す事ができないのは誰の目から見ても明らかだった――いや、彼女ならば、この絶望的な戦況も覆せるのかもしれない。

だが、今の彼女にはそれを望めない――そもそも本来のエルトフィーナならば、この状況に追い込まれるという事態があるはずの無い事なのだから。

……彼女に残されるのは、悪の女王として、その身を打ち取られる事だけだ。

「……それも悪くないかもしれん」

始めから死ぬ事を恐いとは思っていなかった――ただ、望まれたから生きる必要があったのだ。

だが、それを望んだ母は自分が皇帝になる前に死んだ。

エルトフィーナは母親の望みを叶え、今度は民から生きる事を望まれた。

しかし、今のエルトフィーナは生きる事を望まれてはいないのだ――ならばこのまま死ぬ事になんの問題もない。ある意味これは開放なのだ、悪い選択肢ではない。

――そうエルトフィーナは思う。

「――やはり陛下は、態とこの事態を招かれたのですね」

ローザはずっと傍で見てきたのだ……だから知っている。――この子の歪さを。

「あなたは自ら死を望んでいるのですね」

そう言われてエルトフィーナも気づく、自分の思考の本質に――生きる必要がなくなったから死ぬという選択を自らが選んでいる事に……。

女王である事を望まれないならば、それはすでに自由だ。

しかしエルトフィーナは死という開放を意識しないうちに望んでいた。

それは生きる事が嫌だったという事だ。

「……お前は私より私を理解してくれているのだな」

エルトフィーナはそうローザに答える。

ローザはエルトフィーナにとって、誰より自分というものを理解してくれている存在である事を確信する……こんな人が母親であったなら、自分はもっと違ったエルトフィーナになれたのだろうか。

――在りえない理想を考えるなど、自分らしからぬ事をしていると彼女が考えていると……。

「ですが陛下は、死ぬ必要はございません」

そんなローザから突然に自分の全てを否定される。

「私と共に逃げて自由になるのです」

そしてエルトフィーナにとって、予想外な言葉をローザが口にする。

「――しかし……私は女王だ、部下が命を掛けて戦っている中で逃げる事などできはしない」

エルトフィーナはローザの言葉を否定する。当たり前の事だ。

「指導者が逃げ出すなど――ましてや部下は自分を守るためにその命を掛けて戦っているのだぞ」

「いいえ、陛下は今まで十二分に、誰にも成し遂げられない成果を国のために果たされてきました。陛下が逃げる事に異を唱える事のできる者など存在しません」

「そして私達部下は、陛下の命を守るために命を掛けて戦うのです。陛下が命を落とす時まで立派な王であったと歴史に名を残すための膳立てのために戦っているのではありません」

「だから逃げて、生きるのです。私が陛下に生きる意味を教えて差し上げます」

「それまでの生きるための理由が必要ならば、私が陛下が生きる事を望みます!」

ローザに手を引かれて、エルトフィーナは玉座から立ち上がる。

「さぁ、行きましょう」

そして幻想帝国皇帝エルトフィーナ=リクライアスは失踪した。