Eltofeena -lost queen-
ここは田舎町エリュシーナを出て少し離れた見晴らしの良い丘――小さな雲がゆっくりと流れるとても過ごしやすい日和だ。
時刻は丁度お昼時である。
広げたシートの上には、エルトフィーナが作って来たサンドイッチの籠やティーセットが並ぶ――エルトフィーナはリリティスと蘭音と共にピクニックに来ていた。
「そして今に至るという昔話でした。めでたしめでたし」
エルトフィーナはその言葉で、それまで二人にしてきた自分の昔話を終えた。
――話を清聴していたリリティスと蘭音であったが、エルトフィーナの話は終わったはずなのに、二人とも静かなままである。
きょとんとした表情のリリティスの顔を見ながら、エルトフィーナは首を軽く傾げてみる。

「……私、歴史の授業で習ったよ?」
やっと口を開いたリリティスだが、飛び出した言葉は疑問形である。
「テストで丸々出題されるくらいに勉強した偉人が目の前に……?」
リリティスは両手で目を擦り、二度見されるエルトフィーナ。
それに、あはは……といつものように愛想笑いで答える。
「……当時眠っていた私ですら、リクライアス女王の事は知っているぞ」
比較的冷静な性格の蘭音にまで驚かれている、これは新鮮な光景だ。
人によっては蘭音を振り回す者もいるが、エルトフィーナ自信の行動や発言で蘭音に動揺を与える事はまずない事だ。
――ちなみに、蘭音はエルトフィーナが国を治めている頃は封印されており、目覚めた時には、空想皇国の皇帝はすでに別の人物になっていたわけだが、それでも偉人としてリクライアスの名前や武勲を聞くほど有名だ。
「女王存命説みたいなものは聞くじゃないですか――それが事実でたまたまリリティスと蘭音の知り合いだっただけですよ」
有名人を見かけた程度の軽い気持ちでそう答えるエルトフィーナであるが……。
「「――いやいやいや」」
リリティスと蘭音は思わず声を揃えて否定する。
これからも続くであろう長い歴史に、永く名前を残していくかもしれない人物とピクニックに来ている異様な状況を、ちょっとした偶然で済ませるのは二人には無理だった。
「生きてたらこの大陸が一つの国になってたかもしれないって言われる人だよ!」
ああ、まだ同一人物として認識されていませんね。と察するエルトフィーナ。
「まだ、エルトのお茶目な作り話でした。と言われる方が真実味がある――エルトがそういうタイプではないからそれはそれでビックリするが」
エルトフィーナ自信もこんな手の込んだ作り話を用意する自分が想像できない。
「ちょっとした生い立ちの話が、まさかこんな事実を知る事になるとは……」
「思わなかったね……」
リリティスと蘭音を顔を見合わせて、二人して溜息をつく。
――なぜ聞くだけだった二人が疲れているのだろうかとエルトフィーナが状況を正確には理解できていないのは、実はいつもの事である。
結局、ローザが死んでから今まで――エルトフィーナが感情を理解する事はできていない。
今でも彼女は、物事を客観的に観測して、概念として処理するだけだ。
変わったといえば、彼女の外面と彼女を取り巻く環境の変化だ。
ローザの娘という名を汚さぬように人当たりの良い人間性を彼女なりに作り上げたのが今のエルトフィーナ=スフェアリーだ。
――そして、リリティスと蘭音という”友達”というものができた。
正直、エルトフィーナの力だけでは友達という物を作る事はできなかっただろう――できるのは知人、隣人といったまでの関係までだ。
偶然にリリティスという少女が、自分の住む家の近くに越してきて、その彼女がエルトフィーナに親しく接してくれた事が始まりだ。
越して来たばかりで――さらに初めての一人暮らしという事で、エルトフィーナとしては隣人として、ただリリティスの面倒を見ていただけなのだが……気がつけば友人と言う関係になっていた。
どこから友人という状態に昇格したのかを何度か考察してみたが……結局エルトフィーナには理解できなかった――今の所、彼女の中で友人という物は一番難しい概念ではないだろうかと思っている。
だから、エルトフィーナはもう一度確認するために、二人に質問する。
「……こんな私ですが、二人は私と友達でいてくれますか?」
エルトフィーナは二人にそう聞いた。
「もちろん、私達はとっても大事な友達だよ」
「そうだな、大切な友人だ」
リリティスと蘭音はエルトフィーナにそう答えた。
二人のとの関係は――いずれエルトフィーナが自分の歩んできた人生を振り返った時――掛け替えのない物と思える日が来る切っ掛けになるかもしれない希望の欠片だ。
エルトフィーナが幸せである事、幸せだと思える感情を手に入れる日が来ること――それはローザが願った本当の希望。
これはエルトフィーナという女王の喪失と終わりの物語……そしてエルトフィーナという娘の始りの物語。
~fin~