Eltofeena   -lost queen-


生まれた時から、国の上に立つ事を望まれ育てられたエルトフィーナは、料理はもちろん家事の一つさえした事がない。

落ち目であった家系ではあったが、それでも十分に裕福な家系であり、身の回りの事は全て家政婦達が行っていた家で育ったのだから当然と言えば当然である。

若くして女王になってからは、それこそ日常生活の全てを他人が担う生活だった――おそらくエルトフィーナは、掃除や洗濯や料理がどうやって行われる事かも見た事がないし、知らない。

そんなお嬢様育ちの彼女に家事をしないかと持ちかけるローザも中々の変わり者だ。

「――ふむ……家事か」

ローザの提案に腕を組んで考えるエルトフィーナ。そもそも自身の生まれに固執する感情など持ち合わせていない――そして今ある分の本を読み終えてしまえば、それこそ何もする事がなくなってしまのだから断る理由も特にないか――とエルトフィーナも考えていたのだが……。

「さぁさぁ、私が1から全て教えますので、早速始めましょう」

エルトフィーナの有無など最初から聞くつもりはなかったと言わんばかりに、ローザはエルトフィーナの手を取り、キッチンへ連れ込むのだった。

亡命した時もそうだが、彼女も大概強引な性格していると思うエルトフィーナであった。

「いいですか、キッチンナイフは押したり引いたりした時に切れますから、指の位置には気を使ってください」

「うむ……」

真剣な表情でまな板の上の野菜と闘うエルトフィーナ。

他人を殺すために刃物を扱ってきたのだから、刃物の性質はよく知っているが、手元での細かい刃物の扱いとなればまったく別の物で、戦場ではあれほど凛々しいエルトフィーナであるが、彼女の初めての料理は、子供が初めて料理をするたどたどしさのそれと同じだ――女王であった彼女を知っている者が、エプロン姿で野菜を睨みつけるこの光景を目にしたら、その目を疑ってしまうだろう。

「懐かしいです」

……エルトフィーナに包丁の使い方を教えながら、ローザは昔のある光景を思い出していた。

「昔、娘にもこうして料理を教えたんですよ」

よほどその思い出が楽しいものだったのだろうか――ローザのとても優しい表情からそれが伝わってくる。

「――そうか、娘がいたのか」

にんじんを一口サイズに切りながら、耳だけをローザに向けて言葉を返した。

エルトフィーナは今までローザや――それこそ他人とこうして会話する事がなかった――そのため彼女に娘がいた事も知らなかった。

「その娘は今はどうしているのだ?」

ローザはエルトフィーナが女王になった頃から侍女として使えている古株であり、日々、自分の面倒を見てくれていた。黒城エネロハイルは浮き島にあり、空を飛べる種族でない者の移動は非常に困難な場所だった――そのため、エネロハイルで仕事をしている人々はその浮き島に住み込みの形で働いている――ローザにいたっては、エルトフィーナの側近の侍女であり、城の中のそれもエルトフィーナの部屋の近くに自室を持っていた。

しかし、エルトフィーナが知る限り、長期休暇などを取っていた覚えも無い――家族がいるならば、家族に会ったり、家族と過す時間もあるだろう。

……しかしローザにはそうした様子がなかったように思える。

「……だいぶ昔に亡くなりました。」

……ローザは遠く懐かしむようにそう答えた。

「……そうか、悪いこと聞いた――すまない。」

エルトフィーナは手を止めて、踏み入ってしまった事を謝った。

エルトフィーナにはこうした会話の経験が無い――故にローザの娘がこの世にすでに居ない可能性を予想できなかった……他人から完璧な女王として称えられてきたが、そんな事はない――足りないものだらけだと、彼女はローザとの二人生活を始めてから痛感する。

「気になさらないでください――陛下のおかげでこうして娘の事を思い出すことができたのですから……私はまるで娘がもう一人増えたようで嬉しいのですよ」

……それはローザの心からの言葉だ。

「さぁ、次は切った野菜を炒めますよ!」

気分を変えるようにローザは次の工程の説明を始めた。